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英語教育を心配する前に

ママたちに知って欲しいこと、綴ります。カホ、モンテetc. やってきました。常識範囲で、早期教育支持派の普通のママ。明日の日本を担う子供を、左翼思想から守ろうネ!バラエティー番組は放射線より毒!解散総選挙こそ日本復活の近道!ん?橋下?誰ソレ?「責任は、全て俺が取る」この覚悟あってこそ本物のリーダー!第24代自由民主党総裁”谷垣禎一”を支持!ずっと応援していきます。

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トルコのいい話、知っておきたい話。 

トルコ地震 被災地「日本人見習いたい」
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E0E4E2E2EB8DE0E4E3E2E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2

【ワン(トルコ東部)=共同】多数の死傷者を出したトルコ東部の地震被災地では避難生活を送る人々がお互いに助け合い、落ち着いた行動を呼び掛け合っている。「日本人を見習いたい」。東日本大震災で注目された日本人の忍耐強さ、秩序を守る姿勢が教訓となっている。

 多くの建物が倒壊、損壊するなど大きな被害が出たエルジシュ。千人を超す被災者がテント生活を送る競技場では、食料配給を求める人々が整然と列をつくっていた。割り込む人はおらず、妊婦に先を譲る姿も。

 物資が不足しているとされる被災地のワンでも商店で略奪などは発生せず、救出作業が続く現場では大勢の被災者が固唾をのんで見守り、協力を求められれば先を競って応じていた。

「昨晩、みんなで震災後の日本人の姿勢を見習わなければいけないと話していたんだ」。25日午後、エルジシュの競技場で、一家7人でテント生活を強いられている被災者の一人、イザット・アカーンさん(46)が打ち明けた。

 テレビや新聞などを通じ、東日本大震災で壊滅的な被害を受けたにもかかわらず、他人を思いやる気持ちを失わなかった我慢強い日本人の姿を知ったというアカーンさん。

 この苦境を乗り切るためには「お互いに助け合い、譲り合う心を持つことが何より大切」と強調。「今度はわれわれの番。今のところは大丈夫。日本人のように行動できている。今後も続くことを心より願っている」と笑顔を浮かべた。
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いいお話ですね。

日本経済新聞なのに、経済情報は三流らしいのですが本当?w
でも、他のニュースにはいいものがあるみたいね。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。速やかな復旧復興をお祈りしております。

ランキングに参加しています。ぼちっとお願いします^^
ゆでがえる  

かつてのエントリーから焼き直しです。お子さんに是非、教えてあげてくださいね。

ねずきちさんのブログ

トルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-502.html
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明治23年(1890年)の出来事です。
トルコ皇帝ハミル二世が日本に派遣した特使一行を乗せたトルコ軍艦エルトゥールル号が、帰路、暴風雨に遭遇してしまいます。

そして、和歌山県串本町沖合で、岩礁に衝突し遭難した。

この遭難事故で、トルコ特使を含む518名が死亡してしまいましたが、死を免れた69名は、地元漁民の手厚い救護により一命を取りとめます。

このとき串本の村人たちは、台風により漁ができず、自分たちの食べるものさえ無くなってしまうという状況にあったにもかかわらず、非常時のために飼っていた、最後に残ったにわとりまでも、トルコ人に食べさせ介護しました。

貧しい村人たちにとっても、ほんとうに命がけの救助と介護だったのです。
そして遭難者の遺体を引き上げ、丁重に葬った。

エルトゥールル号の乗組員達
20100402120016cec.jpg

この話は、和歌山県知事から明治天皇に伝えられます。

後日、遭難者たちは明治天皇の命により軍艦2隻でトルコに送り届けられました。

この話に同情した山田寅次郎という人物が、一民間人として新聞社などの協力を得ながら全国を歩いて義捐金を集め、それを携えてトルコに渡ります。

明治25(1892)年、イスタンブールに上陸した山田寅次郎は、外務大臣サイド・パシャに義捐金を手渡し、皇帝アビドゥル・ハミト二世に拝謁します。

山田寅次郎はトルコ側の要請で、そのままトルコに留まり、日本語を教えるとともに、日本とトルコの友好親善に尽くしました。

この時の教え子の中に、後にトルコ共和国初代大統領となる、ケマル・パシャがいます。

そのケマル・パシャこそ、トルコ革命の指導者であり、トルコ共和国の初代大統領、トルコ共和国の建国の父といわれるトルコの大英雄です。

時代は下って昭和60(1985)年。
エルトゥールル号遭難から95年後のことです。

イラクのサダム・フセイン大統領が、

「今から四〇時間後に、イランの上空を飛ぶ飛行機をすべて打ち落とす」と宣言します。
3月17日のことです。

イランに住んでいた日本人は、慌ててテヘラン空港に向かおうとしたのだけれど、緊急事態です。
どの飛行機も満席で乗ることができません。

世界各国は自国民の救出をするために救援機を出したのだけれど、残念ながら日本政府はすばやい決定ができなかった。

自衛隊機の出動は、海外への派兵は憲法違反にあたると、当時日本の最大野党であった社会党(いまの社民党)が猛反対したのです。
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まだ、続きが有ります。全文を読まないとわかりません。このイラクに取り残された日本人を助けたのはどこか?という話が続くのです。

20100402120406fe0.jpg

何故、この航空機がやってきて、日本人を助けてくれたのか?

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エルトゥールル号の事故に際して、日本人がしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。

私も小学生の頃、歴史教科書で学びました。
トルコでは子どもたちでさえ、エルトゥールル号の事を知っています。

今の日本人が知らないだけです。

それでテヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです。

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教育が、トルコの教育が、日本人を救ってくれていた。ほら、憲法9条は日本国民を助けないってこれからも明らかにわかるでしょう?

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時代がさらに下って、平成8(1996)年のことです。

新潟県柏崎市に、新潟中央銀行がバックアップするテーマパーク「トルコ文化村」がオープンしました。

トルコ政府は、これを大いに喜び、日本とトルコの友情のためにと、柏崎市にトルコ共和国の建国の父ケマル・パシャの像を寄贈してくれます。

実にありがたく、また名誉であり、うれしいことです。
トルコ村は、テーマパークの広場の中心に、高さ5メートルのケマル像を堂々と飾ります。

ところが平成11(1999)年、メインバンクの新潟中央銀行が経営破綻します。
トルコ村は資金繰りが悪化する。

平成4(2002)年には、柏崎市がトルコ村を買い取るのだけれど、平成6(2004)年には、トルコ村は倒産してしまいます。

心配したトルコ大使館は、在日トルコ企業の出資も含めた支援を、柏崎市の会田洋市長に伝えます。

ところが、社民党系の会田洋(あいだひろし)市長は再三のトルコ大使館からの申し出に返事もせず、支援を申し出た製菓会社のブルボンの再建計画も無視します。

あげくに、地元のラブホテル業者にテーマパークを払い下げてしまった。

その結果・・・
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続きはねずきちさんのところで必ず読んでください。汚い言葉を許してください。

とんでもねー!なんでこんなヤツが市長なんだ?!(怒

トルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-502.html

これはこの記事を公開してくださってた方の記事のコメント欄にあった文章です。
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このねずきちさんのブログの時点の後に、実はもう一波乱あるんです。

ねずきちさんのブログではアタチュルク像は、和歌山県の串本町(エルトゥールル号が遭難した場所)に送られる事になった…という所までになっていますよね。

この辺り、麻生政権の頃に、外務省が柏崎市に抗議したりしてようやくそういう事になったんですね。それには日本財団の力もありましたという辺りまで書かれていますが、それと同時に当時の自民党政権ではトルコとの友好120周年を祝う色々な式典を企画していたんです。

その120周年の式典に間に合わせる為に、日本財団も頑張って修復してたんです。

ところが、その過程で政権交代があったんです。

ねずきちさんも、○○さんも、社会党(現社民党)と書かれていますが、ご存知の通り民主党も半分は旧社会党じゃ無いですか。

なもんだから、そういった友好120周年の式典関係から民主政権が手を引いちゃうんです。

それでも何とか、彬子女王殿下と、外務省と、和歌山県と、自衛隊と、日本トルコ友好議員連で何とか式典を成功させたからよかった物の、式典には閣僚も議員も来ませんでした。

ほんと、酷い話です。

アタチュルク像の除幕式も会ったのですから、これまでの経緯を考えれば、政府代表がでてそれこそ謝罪の一つもするべきところだと思うんですけどね…
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トルコが嫌いなんじゃなくて、ただ、自民党がいやなだけというお子様内閣。

そして皇室はやはり大切。

ワタシ達の清き1票だったはずが、どうやら、トルコとの友好を断ち切ってしまったようです。いや、なんとか、女王殿下が式典に参加してくだってよかったものの、閣僚が一人もいないというのは異常ではないでしょうか。

記念式典の様子はこちら。

日本トルコ友好120周年記念事業(串本町)
平成22年6月3日
http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/turkiye/kusi/index.html


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私が四半世紀ほど前の英国で知り合ったトルコ人の男の子がなぜか日本人だと知ると懐かしそうに致しました。
当時私はまだ子供で何も歴史的なことを知る由もなかったのですが、彼はトルコはね日本と同盟国なんだってとても誇らしそうに語っておりました。
ガード犬の様に私の周りを危険が無いかと走り回り、わけがわからないノンポリまたは歴史知らずの私は、ただの男の子なんだろうなとしか思うことがありませんでした。
トルコのお札には日本の大将のお姿が在るんだというようなことを嬉しそうにかたっておいでました。
私たちはもう少し、知るべきではないでしょうか、ほかの国がわれわれ日本人に対して感じてる歴史的な情熱を。
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トルコに旅行に行くと必ずと言っていいほど、この事件の話しをされます。
トルコ人は歴史教育でしっかりと習っているのは事実です。
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このような話は日本人に日本人らしさがなんであるかを考えさせる話です、そして世界中にも同様な話はたくさんあると思います。100年たっても忘れない恩返しの心、それはその国の民がどう教育されているかと関係しますね。
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テヘランのトルコ人救出のためトルコ航空は当初1機を向かわせる予定を日本人救出のためにもう1機飛ばすことにしたそうです しかし1機だけでは 日本人を積みきれずもう1機にも日本人が数人乗ったそうです そのため乗れなかったトルコ人は陸路で帰国したそうです 日本人を優先してくれたのです。
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トルコに海外旅行に行くとわかるらしいですね。親日国ということが。(でも実際はそうでもなく、逆に反日感情がたまっているおとかなんとかいうコメントもあった)

それは、ワタシ達ご先祖さまの美しい日本人の心と、トルコの教育の賜物。

それを、ぶち壊しにしてしまった、市長を選ぶのは、そう、ワタシ達一人一人の市民、国民なんです。


もうひとつ、わかることは、憲法9条のこと。憲法9条が命を守るものではないというこれもいい教訓?ではないでしょうか。

脱原発活動に賛同しているママは多いとおもいますが、憲法9条が一緒にくっついてたら、それはちょっと???って思うくらいでいて頂きたいとおもいます。

特定のイデオロギーに加担するということでいいのか、そういうことも自らに問うてみてほしい。



あなたの大事な1票を大事にしてね。

そんでもって国政がたいへんなことになっています。国会を見てね!

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